2025年7月31日木曜日

神奈川精神科薬物療法専門薬剤師セミナーで、「抗アミロイドβ抗体製剤療法の登場による、MCI・認知症についての考え方の変化」

2025年、神奈川県薬剤師会の講習会にて、「抗Aβ抗体製剤療法の登場によるMCI・認知症診療の考え方の変化」をテーマに講演を担当しました。ここではその概要をお伝えします。


🔷 1. 認知症と社会の動向

  • 認知症基本法(2024年施行)に象徴されるように、認知症は医療だけでなく社会全体で取り組むべき課題に。

  • 介護と仕事の両立支援が全ての企業に求められる時代に入り、薬剤師にも広い視野が必要となっています。


🔷 2. アルツハイマー病の最新知見

  • 発症の何十年も前からアミロイドβが蓄積し、側頭葉(特に海馬)から前頭葉にかけて進行。

  • 脳萎縮と認知機能障害がゆっくりと進み、記憶障害や見当識障害、遂行機能障害が目立つようになります。


🔷 3. 治療戦略の転換:疾患修飾薬の登場

✅ 抗Aβ抗体薬(レカネマブ)の特徴

  • アミロイドβのプロトフィブリルに対するモノクローナル抗体。

  • CDR-SBの悪化を7.5か月遅らせる効果、MMSE低下の抑制などが臨床試験で示されました。

  • 一方で、ARIA(アミロイド関連画像異常)などの副作用にも注意が必要で、適正使用が前提です。

✅ 薬剤師の関わり方

  • 適正使用のためには、副作用の早期発見と患者教育がカギ。

  • 治療を受けない場合の進行スピードや中断時のリスクも含めた説明が求められています。


🔷 4. 予防の重要性と多面的介入

  • 認知症の40〜45%は予防可能とされ、睡眠・運動・栄養・対人交流の総合介入(例:J-MINT研究)が注目されています。

  • 中でも薬剤師が果たせる役割は、生活習慣病の管理支援と薬物指導、地域連携の橋渡しです。


🔷 5. 現場からの提言:精神科病院における新たな取り組み

  • 認知症疾患医療センターでは、抗体薬の相談・紹介先としての役割が拡大。

  • 当院(横浜舞岡病院)では、図書室を処置室に改築するなど体制を強化中。

  • 今後は、「抗アミロイドβ抗体薬フォローアップ施設」としての地域連携が求められるでしょう。

2025年7月24日木曜日

【講義報告】終末期を見据えた認知症ケアとは ~本人・家族・専門職でつくる「人生の最終段階」~

 2025年6月28日、静岡社会健康医学大学院大学にて、「終末期を踏まえた、認知症のみかた、考え方」と題した講義を担当しました。人生100年時代において、避けては通れないテーマである「認知症の終末期ケア」。今回はそのポイントを抜粋してお届けします。


■ 認知症ケアは「統合 vs 絶望」の課題である

老年期の心理的課題を「統合 vs 絶望」としたエリクソンの理論を踏まえると、認知症ケアにおいても、“失っていくこと”だけに注目するのではなく、“その人らしさ”をどのように支えていくかが問われます。


■ 認知症の進行と「終末期」のリアル

認知症は、記憶障害だけでなく、次第に言葉・行動・身体機能にまで影響を及ぼします。終末期では、以下のような状態がみられます。

食事摂取量の低下や嚥下障害

発熱・肺炎などの合併症

全介助の状態

家族の識別が困難になる

この段階では、「延命」よりも「快適なケア」が重視されるべきタイミングとなります。


■ ケアの選択:「本人の意思」をどう捉えるか?

認知症が進行すると、ご本人の意思確認が難しくなります。その際には、事前に意向を共有する「Advance Care Planning(ACP)」が重要となります。


延命処置を希望するかどうか

胃ろうや点滴をどうするか

在宅か施設か

看取りの場所や方法の希望 など

医療者・介護者・家族の合意形成が鍵を握ります。


■ 看取りに向けた「クリニカルパス」の導入

私たちがかつて取り組んだ「認知症終末期のクリニカルパス」は、医師・看護師・リハビリ職・ソーシャルワーカー・家族が連携し、QOL(生活の質)を支える体制をつくるための実践ツールです。


食事、呼吸、疼痛、不穏などの評価

家族の理解度、受容度の確認

看取りまでの準備と説明

死後のケアと喪の作業への配慮

このような包括的な視点が、「良い看取り」に繋がっていきます。


■ 科学的な指標と家族満足度の評価

Volicer氏らが開発した「EOLD(End-of-Life in Dementia)スケール」をはじめ、認知症終末期ケアの質を評価するための尺度が国際的に活用されています。


【SWC-EOLD】:ケアの満足度

【SM-EOLD】:症状管理

【CAD-EOLD】:快適さ

特に「CAD-EOLD」は、家族が「穏やかに旅立てた」と感じるかどうかと高い相関があり、医療・介護者にとって大切なフィードバックとなります。


■ 終末期だけでなく「その前から」始めるケア

人生の終末期を支えるためには、「その前の段階」からの関わりが不可欠です。

生活習慣病予防や運動・睡眠などの早期介入(J-MINT研究)

歩行機能の解析(Moff band®)によるADL低下の予測

孤独の予防や社会参加の支援

認知症は“その日突然起こるもの”ではなく、“ある日から始まっている”ことを忘れず、持続的な支援が求められます。


おわりに:ともに考え、ともに支える社会へ

認知症の終末期ケアには、医療的判断だけでなく、倫理・家族関係・生活史への理解が欠かせません。誰もが関わる可能性のあるこの課題に、私たちはどう向き合っていくのか。

今後も、現場の知見と科学的根拠を融合しながら、本人・家族・地域社会にとって「納得のいく看取り」を支えていきたいと考えています。

2025年7月17日木曜日

「社会課題としての認知症への多面的な取り組み」 講演会概要

 【特集】認知症を社会で支える:多面的な取り組みの現在地

日本では、高齢化の進行に伴い、認知症と共に生きる人の数が増えています。今や認知症は、医療だけでなく、介護、教育、企業活動、そして社会全体で考えるべき「共生と予防のテーマ」です。


■ 予防できる認知症、支え合う認知症

近年の国際的な研究では、認知症の約45%が予防可能であると示唆されています(Lancet 2024)。教育や運動、社会的交流、睡眠、生活習慣病の管理などが重要とされており、「早すぎる予防はない」ことが明らかになっています。

また、医療では薬物療法(アセチルコリンエステラーゼ阻害薬やメマンチン)に加え、抗アミロイド抗体による新しい治療法の登場も注目を集めています。


■ 地域で支える認知症ケア:横浜舞岡病院の実践

横浜舞岡病院は、横浜市で最初に認定された認知症疾患医療センターのひとつとして、医療・福祉・地域連携のハブとして活動を展開しています。

認知症サポート医講習会

地域への普及啓発(講師派遣・市民講座)

若年性認知症カフェの運営

認知症緩和ケア評価スケール(EOLD-J)の研究と活用

歩行解析(Moffバンド®使用)による移動能力低下の早期発見

抗アミロイド抗体薬に対応したフォローアップ施設の整備


■ 人生会議とエンドオブライフ・ケア

認知症は進行性の疾患であるため、本人の意思が伝えられるうちに治療やケアの選択を話し合っておく「人生会議(ACP)」が重視されています。


■ 企業と連携した予防研究:J-MINT PRIME Kanagawa

国の大型研究「J-MINT」プロジェクトの一環として、横浜市の若葉台団地では、住民を対象にした認知症予防の実証実験が進行中です。Fitbitを用いた睡眠と運動量の解析が行われています。


■ 認知症と共に生きる社会のために

認知症への取り組みは、医療や介護だけでなく、予防・教育・研究・産業・地域社会まで多岐にわたります。


認知症が「特別なこと」ではなく、誰もが関わる「ふつうのこと」として支え合える社会づくりに向けて、今後も多角的な取り組みが求められます。

2025年7月10日木曜日

第121回日本精神神経学会学術総会で、シンポジウム「自己免疫と精神医学~基礎研究から実臨床まで~」にて、「自己免疫脳炎・免疫関連疾患の精神症状に対する精神科的臨床 」を講演しました

 【学会報告】自己免疫性脳炎と精神症状に対する精神科的アプローチ

2025年6月、神戸で開催された「第121回日本精神神経学会学術総会」にて、「自己免疫性脳炎・免疫関連疾患の精神症状に対する精神科的臨床」というテーマで登壇しました。今回は、その内容を少しご紹介いたします。

■ 免疫と精神の関係性:見逃されがちなリンク

近年、「自己免疫性脳炎」や「自己免疫性精神病」というキーワードが、精神科領域でも注目されています。これらは、体内の免疫システムが誤って自身の脳神経を攻撃することで発症し、幻覚や妄想、認知機能の低下など、さまざまな精神症状を引き起こします。

これまでの研究では、特に「抗NMDA受容体抗体」や「抗グルタミン酸受容体抗体」が精神症状に関連していることが明らかになってきました。また、甲状腺自己抗体を持つ精神疾患患者では、これらの抗体が比較的高頻度で見つかることも分かっています。

■ 症例から学ぶ:多様な経過と治療のヒント

これまでに報告されている症例の中には、30代から70代まで、発症のタイミングや症状の出方、回復までの道のりが大きく異なる方が多数いらっしゃいます。

  • 1ヶ月で寛解に至った症例

  • 数年にわたる入院治療と在宅復帰を経た症例

  • 回復過程で不安や精神症状、認知機能の障害を呈した症例

これらの症例から見えてくるのは、病態の背後には「免疫」だけでなく、「心理社会的な要因」や「その後の生活背景」が深く影響しているということです。

■ 精神科の役割:診断と治療をつなぐ“橋渡し役”

自己免疫性の精神疾患では、脳神経内科と精神科の連携が不可欠です。特に精神科では、

  • 疾患の素因(素質)=遺伝的背景、発達歴、心理的ストレスなど

  • 増悪因子=感染症、生活上の変化など

  • 永続化因子=治療機会の逸失、家族関係の変化、職業生活の支障など

といった「背景因子」を丁寧に評価し、治療に活かす視点が求められます。

また、すべての抗体陽性例に免疫療法が適応となるわけではなく、精神医学的なアプローチと併用することが重要です。

■ 最後に:医療の分野を越えて、協働するということ

本シンポジウムを通して強く感じたのは、「免疫」と「精神」、そして「社会」とのつながりを多面的に捉える視点の重要性です。多くの背景因子を理解しながら、多職種で支援していく姿勢が、患者さんの真の回復につながると感じています。

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