2025年6月28日、静岡社会健康医学大学院大学にて、「終末期を踏まえた、認知症のみかた、考え方」と題した講義を担当しました。人生100年時代において、避けては通れないテーマである「認知症の終末期ケア」。今回はそのポイントを抜粋してお届けします。
■ 認知症ケアは「統合 vs 絶望」の課題である
老年期の心理的課題を「統合 vs 絶望」としたエリクソンの理論を踏まえると、認知症ケアにおいても、“失っていくこと”だけに注目するのではなく、“その人らしさ”をどのように支えていくかが問われます。
■ 認知症の進行と「終末期」のリアル
認知症は、記憶障害だけでなく、次第に言葉・行動・身体機能にまで影響を及ぼします。終末期では、以下のような状態がみられます。
食事摂取量の低下や嚥下障害
発熱・肺炎などの合併症
全介助の状態
家族の識別が困難になる
この段階では、「延命」よりも「快適なケア」が重視されるべきタイミングとなります。
■ ケアの選択:「本人の意思」をどう捉えるか?
認知症が進行すると、ご本人の意思確認が難しくなります。その際には、事前に意向を共有する「Advance Care Planning(ACP)」が重要となります。
延命処置を希望するかどうか
胃ろうや点滴をどうするか
在宅か施設か
看取りの場所や方法の希望 など
医療者・介護者・家族の合意形成が鍵を握ります。
■ 看取りに向けた「クリニカルパス」の導入
私たちがかつて取り組んだ「認知症終末期のクリニカルパス」は、医師・看護師・リハビリ職・ソーシャルワーカー・家族が連携し、QOL(生活の質)を支える体制をつくるための実践ツールです。
食事、呼吸、疼痛、不穏などの評価
家族の理解度、受容度の確認
看取りまでの準備と説明
死後のケアと喪の作業への配慮
このような包括的な視点が、「良い看取り」に繋がっていきます。
■ 科学的な指標と家族満足度の評価
Volicer氏らが開発した「EOLD(End-of-Life in Dementia)スケール」をはじめ、認知症終末期ケアの質を評価するための尺度が国際的に活用されています。
【SWC-EOLD】:ケアの満足度
【SM-EOLD】:症状管理
【CAD-EOLD】:快適さ
特に「CAD-EOLD」は、家族が「穏やかに旅立てた」と感じるかどうかと高い相関があり、医療・介護者にとって大切なフィードバックとなります。
■ 終末期だけでなく「その前から」始めるケア
人生の終末期を支えるためには、「その前の段階」からの関わりが不可欠です。
生活習慣病予防や運動・睡眠などの早期介入(J-MINT研究)
歩行機能の解析(Moff band®)によるADL低下の予測
孤独の予防や社会参加の支援
認知症は“その日突然起こるもの”ではなく、“ある日から始まっている”ことを忘れず、持続的な支援が求められます。
おわりに:ともに考え、ともに支える社会へ
認知症の終末期ケアには、医療的判断だけでなく、倫理・家族関係・生活史への理解が欠かせません。誰もが関わる可能性のあるこの課題に、私たちはどう向き合っていくのか。
今後も、現場の知見と科学的根拠を融合しながら、本人・家族・地域社会にとって「納得のいく看取り」を支えていきたいと考えています。